戦友の絆は永遠に……[さようなら、MGO]

2012年06月15日20:00  来たれMGOプレイヤー! 写真あり

Icebound Inferno
「英雄の時代は終わったのかもね」メリル


Silo Sunset
「もう、(MGOで)あいつと会えないのか……」ジョニー(アキバ)


Gronznyj Grad_13
「君と遠く相知らば、雲海の深きを道わず」美玲



Winter Warehouse
「これこそが俺の望んだ結末(エンディング)だ」リキッド・オセロット


Ambush Alley_1
(MGRで)またな」雷電


Hazard House_8
「俺はしばらく(また会える日まで)眠る」ヴァンプ



Midtown Maelstrom_1
「ありがとう、か……いいもんだな……」オタコン


Urban Ultimatum_6
(MGO終了を期に)煙草はやめた。健康に悪い」オールド・スネーク



Urban Ultimatum 
「あいつ(MGO)は、俺達の心の中で生きてるんだ!」
男性兵士F



METAL GEAR ONLINE。

多くのファンからMGOと呼ばれ親しまれた兵士達のドラマがありました。

戦績、称号、リワード、名声、仲間……。
求めるものは人それぞれで、境遇も違いましたが、皆、活気に満ち、輝いていました。

勝った顔もいました。泣いた顔もいました。
出会いもあり、別れもありました。
歓喜した日もありました。落胆した日もありました。

悲喜交々で満ちたその戦いは、2012年6月13日を以て終焉が迎えられました。


今回はこの記事で、僕がMGOで体験してきたことを振り返りたいと思います。


MGS4版のMGOは、2008年6月12日開始でしたが、
僕は同年の4月25日から開始されたPREMIEREβからMGOに触れていました。

PREMIEREβは、本来は4月20日からの開始でしたが、
あまりに多くのユーザーが殺到したしためもあり、回線が混雑し正常なゲームプレイができないため、
開始が5日遅れになったという経緯がありました。

MGS3サブシスタンス版のそれから数年ぶりに触れるMGO。

旧MGOの面白さは充分に知っていましたが、MGS4版のMGOは実際にプレイしてみるとどんな感じだろうと
期待と不安の入り混じる中、1日、いや、数時間プレイした程度で、
新しいMGOの魅力に取り憑かれてしまい、時間を忘れて毎日夜遅くまでプレイしていました。
そして、PREMIEREβだということもあり、MGOをより面白く、より快適にするために、
テスターとしての使命感にも燃えていました。


そして迎えたMGS4発売、そして製品版MGOのサービス開始。

各武器の性能や仕様などに改良が入ったり、ルールやステージの追加や、
ユニークキャラクターの登場、限定の装身具が手に入るイベントなど、
MGOは何度も進化を繰り返し、常に僕達を夢中にさせてくれました。

変化する戦場、つまり、生きているかのような戦場が、
僕達に一層の臨場感を与えてくれました。

対戦をする以外にも、スクリーンショットコンテストやファッションコンテストなど、
CAMERAで撮影した画像を使って、ゲーム内外でプレイヤー間で
コミュニケーションをするという楽しみ方もありました。


個性的で楽しいメンバーの待つクランにも入会し、
特にMGOが始まって初めての夏休みは、クランメンバーとともに交流戦やサバイバルを楽しみました。
親しい仲間と共に勝ち取った勝利は、普段のものとは何倍もの価値があり、喜びの大きさも違いました。


そして、僕は某SNSでも活動をしていたため、MGOを取り扱ったコミュニティからも勧誘を頂き、
クランだけでなく、クランという枠組みを超えた仲間達と大勢のメンバー達と交流を楽しみました。
これが、3年以上にも及ぶ長い活動になったのです。

異なったクランのプレイヤーがたくさんいるからこそ、違った考え方がたくさんあり、
MGOとの接し方や、MGOの楽しみ方、MGOにかける想いなど、
人それぞれにたくさんの思想があることを知りました。

その仲間達とは、対戦をする以外にも、記念撮影をしたり、おもしろ写真を撮ったり、
力を合わせてネタ映像をつくったりと、とにかくバカをやりました。

その光景を例えるなら、"青春"という言葉以外には何も思いつきません。
性別も年齢も関係ない。みんな、無邪気な少年と少女のようでした。


MGOを楽しんでいる間にも、他にリリースされるゲームタイトルはたくさんあり、
時間をそちらの方に割かざるを得ないこともありましたが、やはり心のどこかにMGOがあり、
そのMGOこそが僕の帰ってくる場所でした。

一方、クランの方は、個人個人が持つ諸事情もありMGOへのログイン率が低下し、
次第に活動力が衰えていき、そして、解散という流れになりました。
ですがこの解散は、前向きな解散であり、クランメンバーの絆を引き裂くことはしませんでした。
友情は引き継がれ、また違うゲームでも戦線を共にすることにもなったのです。

稼働から長い月日が経ち、エクスパンションパックも発売されなくなり、
MGOにもさすがに年季が入り、鮮度も失われてきても、
各サーバーには根強いファンが残ってゲームを楽しんでいました。

僕もそのつもりで、皆それぞれに、現実における進学や就職や転職など、
人生で大切な時期を送りつつ、コミュニティの方で月に1度、必ずMGOをして楽しみました。

そして、時は流れ、2012年2月14日。

MGOのサービス終了の告知がなされました。

その瞬間、僕だけでなく、衝撃を受けた多くのファン達の別れを惜しむ声で溢れました。
MGOとともに人生を歩んできた人達にとって、これは辛い報せだったのです。


最終日とされた6月12日は、MGOの最後を見届けようと多くのプレイヤーが駆けつけ、
回線が混雑し、正常なゲームプレイができないという状態でした。

その事態を見た運営は、皆が気持ちよく最後を迎えられるようにと、サービス終了を1日延期するという流れになりました。
そして、本当の最後の日である6月13日23:00より、よく一緒に遊んだ仲間達と集まり、
思い入れの深いステージを見て回りながら思い出を語り合いました。

最後の場所として僕が選んだのは、MGOで最も旧いステージであるG.G.。

Gronznyj Grad_2

G.G.の中央には、プレイヤーの間で"体育館"と呼ばれ親しまれた兵器廠があります。
その兵器廠に向かって敬礼をし、心の中で"ありがとう"とつぶやいていました。
さながら、卒業式のようでした。

そして、とうとう迎えた 6月13日、23時59分。


仲間達と一緒に兵器廠の前で敬礼をし、最後の瞬間を迎えました。

Gronznyj Grad
これが最後に撮った写真です。


これで、我々の戦いも終わった……。

IMG_1536f.jpg


MGOが終了してログインができなくなり、終了告知が表示されているこの画面のBGMをずっと聞いたまま、
僕は思い出に浸っていました。

Twitterのタイムラインにも、MGOやMGOで出会った仲間達に向けて感謝の意を述べる人達のツイートが溢れかえり、この瞬間を多くのファンと共有していることを実感しました。

Twitterを見ていると、色々な人との出会い、交感、そして別れ……色々なことが蘇ってきて、
急に涙が溢れてきました。ホント、変な大人です……。

それだけ僕はMGOへの情熱を持ち、出会った仲間達を愛していたのだと思うのです。


感極まりすぎて、友人・知人以外にもいろんな人にリプライを送信したり、
たくさんの人のツイートをお気に入り登録したり、小島監督にも感謝のメッセージを送ったり……。
メタルギアファンとして忘れられない1日になりました。






僕は決して上手くはありませんでしたが、"下手だからゲームが面白くない"と感じたことは一度もありません。
自分ができる範囲で実力を発揮し、その一瞬一瞬を輝き、悔いのないように楽しめたのですから。


クランメンバー、コミュログメンバー、そして、その日限りの仲間達との間にも、
数えきれないドラマがありました。

MGOを通じて色々な人の生き様に出会い、その人達の人生観にも触れることができたオンラインゲームでした。
MGOは僕にとって、またひとつの"人生"でもありました。

MGOがなくなっても、その中での出会いと思い出はなくなりません。
その仲間達とは、また違う場所でも戦いを共にしていくのです。

最後になりましたが、この4年間という長い間、本当にありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。

味方だというのに誤射してしまったり、グレネードで吹き飛ばしてしまったりと、
いろいろとご迷惑をおかけしましたが、笑って許してくれたのなら嬉しいです。

いつか訪れる再会の日を信じて、誇り高き戦友(とも)達にこの言葉を贈りたいと思います。



たくさんの感動を、思い出をありがとう。

戦友達よ、また会おう。






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